ニュースの概要
英国のeSIM事業者eSIM Goは、法人向けのeSIM提供基盤と、個人旅行者向けの消費者ブランド「Breeze」を、それぞれ独立した事業体として運営すると発表した。両社はこれまで通りeSIM Go Groupの傘下に残る。ただし、商品の企画、取引条件、販売の進め方は別々に決める。旅行会社、金融テクノロジー企業、通信会社などは、この基盤を使って自社ブランドのモバイル通信サービスを出せる。一方、Breezeは旅行者に直接プランを売る。同じグループが「企業向けの卸売り」と「個人向けの小売り」を同時に抱えていた構造を整理し、それぞれの顧客に素早く、深く対応することが狙いとされる。
引用元: eSIM Go、B2B基盤と旅行向け消費者ブランドを分離(eSIM Go)
分析・見解
同じ会社が卸と小売りを兼ねる矛盾
eSIM Goの基盤を使う法人顧客から見ると、基盤の提供元が自社ブランドで旅行者に直接売ることは、気持ちのよい話ではない。取引先と同じ客を奪い合う可能性があるからだ。
たとえば旅行アプリを運営する企業が、eSIM Goから回線を仕入れて自社の画面で販売するとする。その裏で、仕入れ元のBreezeが同じ国の同じ容量のプランを安く売れば、アプリ側は価格で勝てない。価格設定の情報が漏れているのではという疑いも生まれる。今回の分離は、この不信を取り除く動きと読める。
似た事例は通信業界に何度もある
卸と小売りの分離は、通信業界で繰り返されてきた手法だ。固定回線の世界では、英国のBTがOpenreachを別会社にして、他社にも公平に回線を貸す体制を作った。格安スマホ(MVNO=回線を借りて自社ブランドで売る事業者)の世界でも、回線の卸を担う会社と、顧客対応を担う会社が分かれる例は多い。
eSIMでも同じ流れが来た、と見るのが自然である。eSIMは物理的なSIMカードの郵送が要らないため、参入の壁が低い。その結果、小売りブランドが乱立し、基盤側は取引先と競合しやすくなった。基盤を中立に保つことが、卸ビジネスの信用そのものになる。
旅行者向けと法人向けでは、勝ち方がまるで違う
旅行者向けは、価格、アプリの使いやすさ、空港での検索順位が勝負になる。契約の単位は小さく、広告費をかけて数をこなす商売だ。
法人向けは逆である。接続の安定性、利用データの取得のしやすさ、請求の柔軟さ、障害時の対応窓口が評価される。契約は大きく、期間も長い。
同じ組織の中で、この二つを同じ速度で動かすのは難しい。会議の議題も、評価する数字も違うからだ。別会社にすれば、それぞれが自分の指標だけを見て決められる。
分離の次に問われるのは情報の壁と価格の透明性
看板を分けただけでは、取引先の疑いは消えない。仕入れ価格や販売実績の情報を、Breezeの担当者が見られない仕組みが要る。法人向けの価格表を公開し、Breezeも同じ条件で仕入れると示せれば、さらに説得力が増す。
今後は、金融アプリや航空会社のアプリなど、旅行以外の入口からのeSIM販売が増えるだろう。基盤側が中立であるほど、そうした異業種が安心して乗り込める。今回の発表は、eSIMが「旅行者向けの小物商品」から「他業種のサービスに組み込む部品」へ移る、その節目の一つと位置づけられる。
ビジネスへの影響
仕入れ先を選ぶ基準が、価格から中立性へ広がる
自社アプリでeSIMを売ろうとする日本企業は、これまで料金と対応国の数で仕入れ先を比べがちだった。今後は、仕入れ先が自社ブランドで同じ客に売っていないか、という点も確認したい。契約前に、直販ブランドの有無、取引データの扱い、価格改定の通知期間を書面で確かめておくと安心である。
複数の仕入れ先を持つ備えも有効だ。一社に頼ると、方針転換や価格改定の影響をまともに受ける。主力と予備の二本立てにしておけば、交渉でも強く出られる。
自社の事業にも、卸と小売りの切り分けが必要か点検する
今回の話は通信会社だけの問題ではない。たとえば部品メーカーが完成品も売っている、ソフト会社が代理店経由と直販を併用している、といった企業でも同じ悩みが起こる。取引先と競合していないか、社内の評価指標が衝突していないかを、一度書き出してみるとよい。
分離まで踏み切らなくても、価格表の公開、担当者の分離、情報の閲覧制限といった小さな手当てだけで、信頼は大きく変わる。eSIM Goの動きは、その手当てを制度として見せた例として参考になる。
なお、出張者や訪日客向けのサービスを検討する企業は、まず自社の目的が「通信そのものの販売」か「自社サービスへの付加価値」かを決めたい。後者なら、中立な基盤型の事業者のほうが組み込みやすく、運用負担も軽くなる。